ニイハの縄張り IN ブログ

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AIRが好きな理由1 説教臭くない

アニメの第7話、第11話あたりのネタバレをしています。
それとCLANNADのネタバレも少ししていますが、ネタバレ部分は背景の白で書いているので、読みたい方は該当箇所をドラッグしてみてください。


僕がAIRが好きな理由はいろいろあるのですが、そのうちの1つは説教臭くないこと。

例を挙げると、AIR編、アニメでいえば第11話。敬介に関して。(以下、原作を確認する余裕がないので、主にアニメを参考にしています。)
敬介は観鈴を晴子に押し付けて、晴子と観鈴の絆が深まってきたときに引き取ろうとして絆を壊そうとする、晴子と観鈴から見れば思い切り悪役のようなキャラです。
学園もののドラマでいえば、固い考えで子供を縛り付ける教師や両親のような立場のキャラ。主人公たちから見れば対立する存在。

武田商店のシーンで、晴子と敬介が対立します。
ドラマによくあるパターンだと、観鈴が敬介を拒否するけど敬介は聞き入れない。
そこで晴子が「そのやり方は間違っている」みたいなことを言って対立するみたいな感じになりますが、AIRは違います。
観鈴が記憶を失ったことにより、晴子が敬介に論じたところで全く説得力をもたない状況になっています。
論じているのは「ウチらのせいやないか!」あたりだけで、他は観鈴と一緒にいたいと強く主張するセリフがほとんど。
(個人的には晴子が「”ウチら”のせい」と敬介だけのせいにしていないところもポイント)

敬介に3日だけ待ってもらい、3日後の海のシーン。
敬介に抱えられた観鈴が敬介を拒絶し、晴子のもとへ向かいます。

この話では説教みたいなことを言う人が誰もいません。
それと、誰かが誰かを責めるということもほとんどありません。
責めるシーンがあったのは、晴子が敬介に対して「邪魔な時だけ預けといて、思い出したら引き取りにこられる。そんな便利な家なんか、神尾の家は」と言ったところくらい。
しかも、この発言で敬介が不利になることはありません。逆に観鈴の「おばさん」発言で晴子が不利に。

海のシーンで、観鈴が晴子のもとへ向かう前も後も敬介が責められたり説教をされることはありません。
その代わり、観鈴に思い切り拒絶され、自分から離れていきます。
これは、責められたり説教をされるよりもショックが大きかったのではないでしょうか。
この話は「血の繋がった親子が常に親子であるとは限らない」ということを主張していると解釈する人がいますが、(僕もそう解釈しています。)
その主張を「説教」や「責め」の手法を使わずに表したこの作品は大好きです。
「説教」や「責め」が無かったからこそ、アニメ版の「ママー!!」で泣いてしまう自分(^^;


海のシーンの後、アニメではカットされていますが、晴子は敬介にこう言っています。

「うち,今やったらわかるんや。この子を置いて,どこぞへ逃げてしまった
 あんたの気持ち。あんた,愛している人を失ったんやもんな。
 大好きなひとや。たくさんの思い出とともに一緒に生きた人や。
 それを失ったあんたの気持ちわかるねん。」

責められるような立場の敬介は、責められるどころか救いの言葉をかけられています。
敬介はただの悪役的な立場のキャラではないから。観鈴を利己的な理由で晴子に押し付けたわけではないから。CLANNADの朋也に似た境遇のキャラだから。
敬介にも救いを与えたこの作品は大好きです。


責める、説教をするシーンといえば、DREAM編観鈴シナリオの後半、アニメいえば第7話で、
往人が晴子に言ったセリフ「自覚しろ!あいつにとって親はあんた1人なんだよ!」というのがありますが、
晴子は既にそれを自覚していて、往人の影響で晴子が親と自覚するという話にはなっていなかったので、説教臭くは感じませんでした。


余談
劇場版はまだ観ていないんですが、敬介の扱いってどーなっていますか?
他の人の感想を読むと「ボディブロー」とかいう単語が出てきてすごく気になるんですがw
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  1. 2005/06/18(土) 01:45:57|
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  3. トラックバック:0|
  4. コメント:5

コメント

祝2000hit!

>この話では説教みたいなことを言う人が誰もいません。
それと、誰かが誰かを責めるということもほとんどありません。
>「説教」や「責め」の手法を使わずに表した

この手法は
こんなに綺麗に話が収まるはずが無い。
現実はそんなに甘くない。人間臭くない。
みたいな意見は恐らくあるでしょう。

アンチAIRの人の意見は
自殺願望を持った二重人格者
精神障害の母を持って自分自身も夢を見るようになった
精神障害が原因で友達が作れない
こんな設定な上
喋り方や行動もおかしいヒロインを出す。
「奇跡」が起きる。
そんな設定を使ってまで泣かそうとするKeyは気に入らない。
などなど…

この設定で「説教臭い(渡る世間は鬼ばかりみたいな)」の作ったら、物凄く痛々しいお話に…(^^;
少なくともこんな清々しいお話にはなりませんよね。

そう考えると「臭くない」にせざるを得なかったか
もしくは、「臭くない」手法を使いたくて、より効果的にするために上記設定にしたか…

どちらにしても、結果として感動的な演出にすることは成功していますな。

まあ、深く考えずにプレイするのが一番という事でw
  1. 2005/06/21(火) 13:59:46 |
  2. URL |
  3. 高野豆腐 #NCcnZXFM
  4. [ 編集]

清々しい・・・かな?

感想・感じ方は人其々だとは思います。

私は、AIRは悲劇だと思うのです。

>アンチAIRの人の意見は
>自殺願望を持った二重人格者
>精神障害の母を持って自分自身も夢を見るようになった
>精神障害が原因で友達が作れない

穿ったというよりは歪み過ぎだろ、それは(^^;)

千年の呪縛(この辺、話の根底に、仏教や陰陽道が絡んでくるが)によって人を愛する事が適わないなんて、「かなり痛々しい」と私は感じました。
それでもがんばる観鈴や往人(柳也や裏葉)の姿に私は泣けてしまうのです。悲しい記憶を終わらせるために。今後、自分の様な人を出さないために。

深く考えずにプレイする事適わず、プレイし終わった後に清々しいという感想よりは深く考え込んでしまう私が居ました・・・

  「ほんとうに これで いいのか?」



(AIRではKnaonの様な奇跡は起こりません。良くも悪くも )
  1. 2005/06/21(火) 22:45:49 |
  2. URL |
  3. ごす #ilk/GieM
  4. [ 編集]

なるほど

かなりネタバレ激しいです。読む人は注意(^^;

>感想・感じ方は人其々だとは思います。

ウチが読んだ感想の中でもかなり極論な方の感想です(^^;

>私は、AIRは悲劇だと思うのです。

AIRって普通のギャルゲと違って、途中から第三者視点の話になるんですよね。だから、誰に感情移入したかによって印象がかなり変わりますね。そこが面白いところ(考察できるという意味での)なのかも。

>清々しいというよりは「かなり痛々しい」

確かに「かなり痛々しい」ですよね…
でも、その千年の呪縛の設定を利用して

>ドラマによくあるパターンだと、観鈴が敬介を拒否するけど敬介は聞き入れない。
そこで晴子が「そのやり方は間違っている」みたいなことを言って対立するみたいな感じになります。とか

↑のように千年の呪縛、悲しい記憶を終わらせるために頑張っている観鈴抜きで泥沼の方向へ話が進み、悲しい記憶を終わらせる事ができずに死んでしまうとか、

幸せな内に亡くなった観鈴の気持ちは置いておいて、なんであの時ああしなかったんだ…。みたいに晴子が自分を一生責め続けて、周りからも責められて生きる、みたいな話にすることもできたはず…

長く生きた物には魂が宿るみたいな日本古来的な考え方で行くと、千年も呪われてるくらいだから、積もりに積もった負のオーラでもっと救われない陰鬱な話になってても良さそうですが、そうならずにAIR編で主要登場人物達は禍根を残さずにあっさり幕を下ろす。この点が清々しいというかなんというか…

AIRは意図的に、負の感情から来る負への行動、演出(怒り、憎しみ、絶望)を避けてるように思います。

つまり、千年の呪縛による悲劇とかはニ次的なもので、作者が一番書きたかったことは、別のことだったのではないかと私は思います。

でもまあ、色んな角度から違った捉え方ができるのでこんな意見もあるんだ程度で聞き流してくださいw

>「ほんとうに これで いいのか?」

う~む、観鈴に関してはいいのではないかと思います。
本人がやりたいことは全部やった、云々と言っていますし、あの日記の絵を見たら本当に幸せだったんだなと伝わってきます。たとえ理不尽な死だったとしても、死に方に関しては本人が良かったと思うのであればそれは良かったことなんだと思います。

ただ、往人に関しては救いようがないですけどw
観鈴が幸せなままに終われたから有り?
  1. 2005/06/22(水) 03:59:21 |
  2. URL |
  3. 高野豆腐 #NCcnZXFM
  4. [ 編集]

やっぱ深いですね

返信が遅くなりました。申し訳ありません。

僕も感想や感じ方は人それぞれだと思いますが、高野豆腐さんの書かれたアンチAIRの人の意見に1つツッコミを。
「自殺願望を持った二重人格者」は翼人の羽根の力の影響によるもので、現実の二重人格とは違うと思います。なので、これに関して現実がどうのこうの言うのは御門違いかと。

>千年の呪縛、悲しい記憶を終わらせるために頑張っている観鈴抜きで泥沼の方向へ話が進み、悲しい記憶を終わらせる事ができずに死んでしまうとか

観鈴の前にも神奈の生まれ変わりは何人もいるので、こんな感じの泥沼方向になってしまったケースもあるかもしれません。
観鈴でこんな感じになってたらバッドエンドですね。

>なんであの時ああしなかったんだ…。みたいに晴子が自分を一生責め続けて、周りからも責められて生きる、みたいな話にすることもできたはず…
>AIRは意図的に、負の感情から来る負への行動、演出(怒り、憎しみ、絶望)を避けてるように思います。

もしかしたら、ゴールのシーンの後には晴子が責められたりといろいろあったのかもしれません。
それでも最後には前向きにいけたんだろうと思っています。
ゴールのシーンの後を詳しく描きまくれば、観鈴アフター晴子シナリオのできあがり!ですかね。
絶望と言えば、晴子は一度、観鈴の母親になることを諦めかけています。負の感情に囚われ続けずにいたことって結構重要な気がします。
某作品では、負の感情に囚われ続けて片手にノコギリを持ったキャラが(^^;

>千年の呪縛による悲劇とかはニ次的なもので、作者が一番書きたかったことは、別のことだったのではないかと私は思います。

僕もそう思います。ファンタジー要素を作品のベースとして、その中に母と子の物語などを描いたのだろうと思っています。


ごすさん
>「ほんとうに これで いいのか?」

僕も最初はそう思いましたw
でも、観鈴の死が避けて通れないものなら、本人が幸せを感じたあの終わり方はいいと思います。
少なくとも、Dream編観鈴シナリオの終盤や、AIR編での選択肢の誤りでの観鈴の死よりははるかにマシかと。

住人は…最後に出てきた少年が住人の生まれ変わりなら、救いようがないわけでもない…かな?どうですかね。

すいません、AIR暦4ヶ月の自分はこの程度のことしか書けません。
裏葉の言葉を借りれば、「注ぎ終わるより早く、器は割れてしまいます。」(器=僕の頭)な状況なんでw

では。
  1. 2005/06/28(火) 00:36:38 |
  2. URL |
  3. ニイハ #TZJekAn.
  4. [ 編集]

Summer編には選択肢が無い

初めに、私は他の人と着眼点が違う事は認識しておりますので w

柳也の取った行動・生き様(死に様か?)が、全ての答えなのかと最初は思ったりもしました。

選択肢が全く無い・・・

裏葉と、神奈を救う事を望み討ち死にはせず、最期は呪縛を受け入れて死ぬんですよ。忌まわの際で人生を振り返り、裏葉に看取られながら、満足しながら。

よく、「人生は永く生きられれば幸せというものではない」といいますが。

天晴れ 柳也  (とかとか。)

しかし、その後の千年も呪縛による犠牲者は出続けているんです。


「夏はまだ続いていく」


>観鈴の死が避けて通れないものなら

これが、やっぱり「理不尽だ」「切ない」と感じさせる所なのです。
 まぁ、毎回下手な奇跡が起きて救われちゃうと逆に興ざめなのですが(天の邪気) 


そんな舞台に乗っかって、最初は逃げていたが最後には立派に母親に成って見せた晴子の母子愛がどんなに感動的であっても、

、、、やっぱり悲劇なのだな、と。


(あれ? 晴子が観鈴を幼い頃から愛していたら、観鈴は往人と出会う事無くもっとはやくに・・・とか思いません?オレだけか?w)


神奈の想い願うことが、母親・愛する人・家族 であったと思うのです。
そして翼人の伝承「この星に幸せな記憶を」が更に重く圧し掛かってくるのを感じてしまいます。

すいません。長くなりましたんで また(・∀・)ノ
  1. 2005/06/30(木) 22:40:26 |
  2. URL |
  3. ごす #ilk/GieM
  4. [ 編集]

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