ニイハの縄張り IN ブログ

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犬夜叉 第456話「梓山」 感想かごめ編

犬夜叉編の続き。


今回の感想の本題。

僕がかごめの台詞で一番印象に残ったのは「私は神様じゃない!」。

昔のかごめは他のキャラのように心の闇、悲しみ、重い運命のようなものはなく、なんのしがらみもない真っ白な心で、奈落にも恐れられる存在。
そんな、ある意味純粋なかごめ。1巻では村人に神々しく思われ、神様のようにおがまれている。
32巻ではなんの迷いもなく桔梗を救った。汚れなき心で。
そんなかごめは優れた人間だ!


そうか?


28巻の桔梗と白心上人の会話で、桔梗はこう言っている。

「この世に迷いなき者―― 一点の汚れもなき者などいるのでしょうか」
「迷うのが人間です。 だからこそ、崇高でありたいと望む――」


人間は迷う。汚れている。
生前の桔梗はそれを許されず、犬夜叉にこう言っている。

「私がどう見える? 人間に見えるか?」
「私は誰にも弱みを見せない。迷ってはいけない。妖怪につけこまれるからだ。人間であって、人間であってはならないのだ

この作品は、迷い、汚れをもつ者が人間、迷いのない、汚れのない人間は優れた人間ではなく、”人間でない”と言っている。

だから、32巻の、なんの迷いもなく桔梗を救ったかごめは優れた人間とは言えない。このかごめはこの作品のテーマ的に否定されるものだろう。

今のかごめは迷っている。汚れている。人間らしいかごめになっている。このかごめが悩んだり苦悩したりして、最終的に桔梗を救うことができれば、かごめは本当に人間的に優れていると言えるだろう。それは32巻で桔梗を救ったことよりも価値あることではないだろうか。

前述したとおり、昔のかごめは迷いも汚れもない人間。村人に神様のようにおがまれる人間。かごめのそんなところが評価される事に対し、かごめは真っ向から否定する。

私は神様じゃない!



…と、僕は解釈したのですが、どうでしょう?
正直言うと、あまり自信ないです。
次回の話で的外れなことを言っていることが判明したら凹みますorz

それでも自信をもって言えるのは、この作品のテーマが”迷い”であるということ。
迷う心は否定されるものではないはず…!多分…!

それと、2度も書いた「私は神様じゃない!」という台詞は絶対に1巻とリンクしていると思うのですよ。


個人的には、昔の綺麗なかごめよりも今のかごめの方が好きです。人間味があるから。

次回がどんどん楽しみになってきました♪
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  1. 2006/05/14(日) 01:35:15|
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